自己実現とは、アメリカ人心理学者のエイブラハム・マスロー(1908年 - 1970年)が用いた概念です。マスローは、尊敬できる知人の文化人類学者ルース・ベネディクトやリンカーンをはじめとする高邁な人格者とされる歴史的人物たちを自己実現的人間と呼び、かれらのすぐれた特性を研究したものを発表しました。それらの特徴は以下のとおりです。


受容性      自己や他者、現実をあるがままに受けいれている。
自発性   自然な心の動きに従う。
問題中心的    自分自身の外側の問題中心的に生きる。
超越性      孤独を好み、頻繁に一人になって自分を見つめる。
自律性      所属している文化集団から独立し常識に縛られない。
新鮮な評価    毎日を新鮮な感覚で生きる。
神秘体験     神秘体験や至高体験をよく体験する。
共同感情     他人と深く結びつくことができる。
対人関係     深い本質的な人とのつながりがある。
性格構造     民主的な性格
手段と目的 手段のために目的を犠牲にしない。
ユーモア  人を傷つけない悪意のないユーモアを使う。
創造性   独創性、発明の才を示す。
束縛に抵抗 自分が属している文化を超え、慣習を超えて生きる。

マスロー『人間性の心理学』 第12章 自己実現的人間 を参考


「自己実現」という言葉は、英語のSelf-actualization を直訳したものです。上の特性から日本語に合った言葉を選ぶとしたら、「成熟」や「円熟」などの単語がふさわしいでしょう。


残念なことにマスローは1970年に62才の時に心臓発作で亡くなったため、生きている間にどのようにしたら意図的にそのような能力を発達させることができるのかを研究し、開発することができませんでした。
マスローの思想は、60年代以降にアメリカで展開した人間性回復運動 (ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント)に大きな影響を与えました。マスローの死後、人間性回復運動にかかわった人々によって、潜在的な可能性を発揮するために様々な方法が研究・開発されました。それらは心に働きかける方法、心と体に働きかける方法、集団にはたらきかける方法などに分けられます。
それらのうち日本に紹介された成長のための統合的な方法としては、マスローと同時代に生きたイタリア人心理学者ロベルト アサジョーリによって生み出された『サイコシンセシス』や、もっと新しいものではアメリカ人統合思想家のケン・ウィルバーたちが開発した『実践インテグラル・ライフ―自己成長の設計図』などがあります。(上の2冊の本のなかで紹介されている各種の方法は、役には立つものの、そのまま日常生活に当てはめるのは困難かと思います。)
本講座では、人間性回復運動以降に発生した各種心身技法と東洋の瞑想法を参考にした方法を、理論よりも実践を中心に紹介していきます。